生きてえのだ

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視座を求めて~お酒をやめて六年

 みなさまご無沙汰しています、青那です。私事なのですが、このたびアルコールをやめて六年を迎えることができました。五年を迎えた時も少し書いたので、今年も書いてみようと思います。

 

 わたしにとってアルコールとは、例えるなら松葉づえのようなものでした。わたしは自閉症スペクトラムです。その影響で子どもの頃から他者との交流を図ることが難しく、そもそも対人関係の構築にあまり関心が向きません。お乳も飲もうとしない偏食家であり、何かの弾みでパニックを起こす、とにかく育てにくい子だと言われていました。感情は表情よりも指の動きや行動に表れ、何を考えているか分からない子だと言われていました。

 自分も周囲も、いったい何に翻弄されているのか分からない時代でした。良くも悪くも変わった人間として目立ってしまいます。大きくなったわたしが学校や社会との軋轢を埋めるため、アルコールを利用し始めたのは必然だったのかもしれません。路上や車上で暮らし、住み込みで働き、仕事を転々としました。ようやく長く勤めることができる仕事に巡り合いましたが、その頃にはすっかり依存症であり、うつ病となり、脳も委縮していました。

 死にそうになって入院をしたところでプログラムに参加することができず、四か月間トイレとベッドの部屋で過ごしました。当時は「自助グループに参加しない者は回復できず」といった空気が強く(十年以上前の私感です)、無理に参加してみたものの誰にも共感できませんでした。自分に欠けているものをひとり、素面で、手に入れようともがき続けました。躁うつ病と言われ始めました。そして再飲酒をします。

 

 以来、アルコールを徹底的に遠ざける生活を突き詰めました。するとほとんどアパートから出られなくなってしまいました。これらの原因が生まれつきの脳の問題だと分かった頃には、三十歳を大きく超えていました。

 

 でもね、ここからが始まりなんです。

 

 本質的な意味において、自分には出来ることと出来ないことがある、と知ることができたからです。アルコールはわたしにとって松葉づえのようなものでした。でも結局、お酒を飲んでも飲まなくても対人関係をうまく結べたことはなかったんです。他人と同じペースで歩けない脚ならば、急がなくても困らない環境を手に入れる。そのことにこそ惜しみない努力を注ぐべきだと教えてもらいました。

 そして自分を知る手掛かりとしてこのブログを始めます。リアルタイムでの意思伝達が難しいわたしの中には、ことばになる以前の何物かが渦巻いていました。それらをことばにする試みです。コメントのやり取りはしないつもりでした。それが時々コメントをいただくようになり、そのお返事を一生懸命考えて(時間かかってごめんなさい!)、ということに取り組み勉強になりました。そしてやっと、この程度には自分の思いを綴ることができるようになりました(初期に書いた信号機についての話などいま読むと笑って泣いてしまいます)。

 

 最近のわたしは、こうした自分の中で起きている変化を実生活に還元しようとしています。七月から大きなチャレンジが始まるのでその準備などをしています。なので更新は滞っていますが、去年の秋頃のようなネガティブな理由ではなく、いたって前向きな理由です。

 去年、断酒五年を迎えた記事を書いてからの一年。この一年は、どのような形でもいま読んでくださっている皆さんと接点を持てた一年ということになります。だから、ほんとうにありがとうを言いたいのです。そしてこれからも。ありがとう。

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