生きてえのだ

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トゥーツ・シールマンスよ、忘れるか


Toots Thielemans - Bluesette

 ハーモニカ奏者のトゥーツ・シールマンス氏が二十二日、亡くなった。私は彼の作曲した『Bluesette (ブルーゼット)』という曲がとても好きだ。この曲はスタンダードとして彼自身による演奏だけでなく歌詞も添えられ、Sarah Vaughan (サラ・ヴォーン)をはじめ、様々なアーティストにカバーされてきた。中でも Connie Evingson (コニー・エヴィンソン)と共演したテイクが思い出深く、今もこころに残っている。

 

 あの頃の私は身体的、精神的な瑕疵を抱え込んでおり、結婚は諦めていた。周囲にも相当な迷惑をかけていたし、もはや自分は幸せになってはいけないのだと思っていた。なので長いこと恋人も持たなかった。お見合いの話もお断りしていた。身内も事情が分かっているので何も言わない。それよりもひとり慎ましく、ひっそりと生きられたらと。そんな私のこころに『Bluesette』の軽やかに包み込んでくれるようなメロディと、ハーモニカの音色はひときわ沁みた。

 

 そんな折、再びお見合いの話をいただいた。私はいつものようにお断りしようと思ったのだが、先方はこちらの事情を理解したうえでの話なのだと言う。困惑した。だが父は「今回は受けてほしいと思っている」と言う。うやむやにしてきた父の気持ちをはっきり、知ってしまった。

 

 私はそのお見合いを受けることにした。待ち合わせの朝はとても冷えていた。真新しい服に身を包んで、しかし合わせるようなコートは持っていない。そして身を奮い立たせようと聴いていたのも『Bluesette』だった。

 

 人生とは難しいもので、結局その方とはうまくはいかなかったのだが、ひとつ気づいたことがある。私は自分の体調に手いっぱいゆえに結婚は諦めようと考えていたのだが、ようは誰かに選ばれることを諦めていたのだ。色々なしがらみの中で、自分の口から幸せになりたいと言ってはいけなかった。おまえが言うなと言われるに決まっている。でもほんとうの、奥底にある気持ちは別にあった。

 

 私は差し伸べられる手も振りほどいていたように思う。今でも状況はあまり変わっていないし、積極的に幸せを求めてよいものか、正直葛藤がある。だが相手の顔もろくに見ず、むやみやたらに振り払うのは傲慢だと思うようになった。相手は理由があるから手を差し伸べてくれるのだ。それがどんな理由でも、まずは感謝の念を持ちたい。父の気持ちも知ることができた。一瞬ではあるが、まじめに、伴侶のいる生き方も考えた。そして思い出したように『Bluesette』の英語詞の意味を調べてしまい、不覚にも涙したのである。

 

シールマンスよ、どうして忘れられようか。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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Bluesette - Connie Evingson ※ハーモニカはシールマンスご本人です

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