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生きてえのだ

花と虫と海、それとさんぽが好き。



目次  

通過儀礼として

 誰かに「詩」と呼ばれるまで、わたしは詩を名乗らないと決めていた。自ら名乗ることは容易だ。だがひとは、何と呼ぶのか。

 数字とリズムの佇まいを生かす。好きな響きがある。それらを崩すこともまた、生き方のヒントとなる。わたしはまるい。真円である。ゆえにじぶんのことを描くしかない。見てきたものを憶え、時には行方知れずになった感情を追いかけてゆく。

 「おはよう」とは言えるのに「さよなら」が言えない。そのくせ不用意なことばを鉈のようにふるう。誰しも晒しを巻いて包丁を仕込んでいる。まいにち刺し違える覚悟を求められている。

 ホールにならぶ椅子の背もたれが、目の奥を押し潰そうとする。白いメッシュの模様に目がくらむ。おまえは野生動物かと言われた。本能など壊れてはいない証拠だ。

 誰もあんたのことなど気にしてないと言う。聴覚過敏のはずがロックを聴くじゃない、と言われる。彼らは悲しいかな、物差しは人それぞれということを理解していない。そしてわたしは「物差しは人それぞれ」という物差しでしか考えていない。

 せいかつとは海のようだ。何度もなんども飲み込まれた。そもそも溺れていることに気がつかないことが問題だった。

 「詩」と呼ばれたのは四か月後だ。前触れは無かった。

 どこまでも隔絶しているのだ。しかしこの、寄り添う余地こそを欲していた。これを糸口に、きょうも朝起きてから、儀式めいた暮らしに追われている。

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orionhanako.hateblo.jp

旅の思い出を

 みなさまこんばんは、青那です。おかげ様で歩き旅も中ほどを過ぎ、貴重な時間を過ごしています。

 そこで今回、写真も撮っていることだし、何か書き残しておくことも一興かなと思い、サブブログを作りました。グーグルアースに経路も吐いているので、ルートも公開していこうと思っています。

 限定的な内容になるのでネームは変えています(今後書く内容によって使い分けようと思っています)。アイコンもかわいく盛りました。

 お付き合いいただければ嬉しいです。よろしくどうぞ。

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misakiblues.hateblo.jp

音楽について

 音楽はわたしを守ってくれる。鋭敏な目と耳をつつみこむ。不可解で、予測不可能な事象を切り離す。ジャンルは問わない。ライヒもメシュガーも美しい。わたしにとっての調和がそこにあるか。それが全てである。

 まだ暗い朝にはマット・コービーを、山の中ではリチャード・ボナを、眼鏡がくもるとニコラ・ヒッチコック、家路のけだるさにはアンナ・マリア・ヨペクを。そして感情を見失ったとき、シェリル・ベンティーンを聴く。

 シェリルならアルバム『Sings Waltz For Debby』がいい。彼女が『Waltz For Debby』を歌い出すころ、わたしは正しい位置に帰って涙を流す。この期に及んでわたしは、人の声に惹かれている。

 ピアノの音色も好きだ。ルービンシュタインが奏でる、ショパンのバラード第一番に震えた。しかし体育館で練習したのはシューマンだった。バンドマンに誘われて、歌い出したのもこのころだ。

 バンドを放り出された後は、ストリートに放られた。拾ってくれた男たちの車で、染みついたトゥパック。やがてソロキャリアを歩みだす。愛器はメイプルネックのレスポール・デラックス。ファズにこだわる。以来、五枚のアルバムを作ったが、アルコールを断ったら「作る」ことしかできなくなった。

 生死をさまよい思い知る。音楽はわたしなのに、ステージはこの身体には暴力であった。あの体育館でピアノを弾き始めてから、二十年の歳月が流れていた。

 

 わたしの音楽欲はいまだ衰えない。新しい出会いに貪欲である。出会いは音楽の中にあって、音楽は人であった。そこに太い背骨があるのなら、それでいい。わたしは人に見守られて暮らし、わたしもまるで、誰かを求めている。

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